過去の話


みなさん、こんにちは。

今日気づいた!葉が枯れてる!

いつの間に秋がそして冬までがきていたんだろう?

昨日までは緑色の葉っぱだった気がするんだけどなぁ。

「昨日のお昼は何食べた?」と聴かれてぱっと答えられない昨今ですが、

みなさんは答えられますか?

最近、「過去」の話をしていて、ふと思ったのですが、

最近の生活は安定してるなぁ。と

と、言っても生活水準というわけではないですよ。

山口自身、あまり小さいときの記憶がないなぁ。と思ってはいるけれど、

どっこい、どこか一つを思い出すと、

でるわでるわ、芋づる式にどんどん出てきます。

でも「いい思いで」ばかりではないもので、

所々に「なかったことにしておきたい」あイタタ!なものが出てくるもんです。

みなさんはないですか?そういうの?

こうやって書きながらも思い出すのが恥ずかしい事の数々。

山口の中学校の頃の事を少し言うと、

僕はある委員会の委員長でした。その名前は「学級人権委員長」

すごいタイトルでしょう!

まぁ、タイトルがタイトルなだけに詳しい説明は控えますけど、

その頃の言動や思想を考えると、今でも「きゅん」となります。

恥ずかしいやら、情けないやら。

その当時の友達と中学校の思い出話になると、

みんなそろって「きゅん」&「シュン、、」となります。

まぁ、そういうのが盛んな学校だったんですね。

その他にも人間関係なんかで、多大なエネルギーを日々に費やしていたもんです。

毎日がやきもきしたり、いらん事を言ってしまって泣かれたり、おこられたり。

もちろん嬉しい事もあったりで、

今では考えられないくらいにテンションの起伏が激しかったように思います。


されがさ。この歳にもなると、そんなこともなくなるわけです。

おっさん臭い言い方だなぁ。

怒られることなんてほぼないし、出会った人とは楽しく過ごせるし、

嫌だなぁとおもったことにも、それなりに解決できる。

ベターな日々ですよ。要するに。

いつ、なんで、そうなったんだろうなぁ。と、ふと思ったわけです。

みなさんはどうですか?いつからそうなりました?

もしくは、まだまっただ中でしょうか。

この問題を解決してる答えが

皆さんの中にある、楽しく生きる「コツ」みたいなものなんではないかな

とおもうんですよね。


僕の日々のコツというか、秘訣みたいのは母の言葉なのですが、

高校に入学してすぐにものすごくテンションの下がった時期があったんですね。

1ヶ月位なんですが。もう学校に行くのが嫌でしょうがなかったんですよ。

でも高校生でまだ狭い世界で生きていたの頭には「辞める」という言葉は出てこず、

ただただもがいてた時期があったのでした。





今となっては問題になってる中高生の精神的な病気の中にもエントリーされている

「拒食症」なんてものに軽くかかりながら、

自分でも原因のわからないこの「学校に行くのが嫌だ」というものを

解決したのは、なんと、母の一言だったのです。


「生活をおもしろくさせるのは自分なんだからね」と


簡単な、あったり前の言葉でしょう?

でもね、以上も以下もなく、そのときの僕にはこれ以外ない言葉だったのです。本当に。

そのタイミングでその言葉を口にした母を尊敬します。

「そっか!」と。なんかね、光がみえたね!!

それから、みるみる回復し。楽しい高校生活を送ったのですが、

「あのとき、母の言葉がなかったらどうなったんだろう。」なんて思います。


先日のサカシタニホンコンでも触れられてた一瞬の大切さ。よくわかります。

自分で楽しむにはやっぱり一つ一つを大切にしなければならない。

それを大切だと思える頭をもってないといけない。

人から見たら、くだらなくても自分で目をつけたものには労力を費やす価値がある。

そう思います。


こういう「コツ」みたいな話って、みなさんそれぞれに持ってると思うんですよね。

そういうのを聞いてみたいなぁ。

ただ、心ある人の心ある言葉を逃さないようにアンテナは常に張っておかないとですね。





Yasuo Yamaguchi Presents [ 山口フォト]
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