第142回「台所から北京が見える」
ニーハオ、ニホンコンです。
先週は「あああハワイなんて行きたいな」
なぞとぼやきながら、ノンビリしていたのですが、
今週に入り、急に忙しくしている次第です。
というワケで、ニホンコンは只今中国語漬けの日々。
朝から大音量で中国のラジオをかけながら、
漢字と向き合うこと丸一日。
最近は中国熱が高いニホンコン。
キッカケは読んだ1冊の本。
「我が家の台所から」
「台所から北京が見える」
著書の長澤信子さん。
子育てが終わった36歳から中国語を
始め、のめり込んだ結果通訳になり、
観光ガイドとして中国を飛び回り、
また大学に入り直して中国語の先生になった。
というお方。これはスゴイ。
なんとかお近づきになれんものかと
試行錯誤していたところに、丁度
近くで講演会があるとのことで
真っ先に応募し、当日を向かえる。
当日は「いい席、すなわち、いちばん前」を
確保すべく、30分前に会場入りし、
最前列のいちばん近い席を陣取る。
学生の時は毛嫌いしていたような
ゴールデンボックス(最前列、先生正面)や
シルバーボックス(その両脇の席)
は、時と場合によっては、宝石のような
存在になるもんだと実感。
鼻息荒く講演開始を待っていると
入って来たのはちいさな白髪のおばあさん。
「初めまして、長澤です」
こ、この人なんだー!と、目の前のおばあさんに
アイドルの如く感動し、うっとりするニホンコン。
とうに70を越えているという彼女は、
そんなおばあさんぽいところなど微塵も無く、
歯切れよく、そして端的に、自分が
どうやってここまで来たかを話してくれた。
面白かったのは、中国語を始めたキッカケ。
その昔、子育て真っ最中の専業主婦時代に
「子育ては終わるけれど、自分の人生は終わらない。
何か自分でもできないものか」と、ある新聞に
投稿をしたところ、それが載せられ、
その回答が「外国語でも習われたらどうですか?」
とあったからだと言う。それが36歳。
そこから勉強を始めてぐんぐんと成果を
上げていくのだけれど、ユニークな
勉強法と、内に秘めた尋常でない好奇心で
とても興味深く中国語に取り組み続けた人なのです。
2時間の講演はあっという間に過ぎ、
本当に楽しかった講演。
「最後に何か質問はありませんか?」
と会場に訪ねた時、ハタと質問を
全く考えていなかった自分に気づく。
と思ったと同時に反射的に「ハイッ!」と
手を挙げて、マイクを頂いているニホンコン。
オイオイ!何聞くんだ?と同時に自問自答。
100人程度の集まりだと、お互い牽制するのか
殆ど挙手する人などは居ない。
今思えば何であそこで手を挙げたのか
よく分からないのだけど、この手の講演は
しーんとそのまま終了するパターンが殆ど。
こんな素敵なお話の後にしれっと帰すのは
あまりにも失礼だと思ったのと、
終わってしまうのが名残惜しかった、
というのが正直な気持ち。
とはいうものの、質問を考えてナイ。
しーんとした会場に響くニホンコンのマイク声。
「あ、あのー、私も中国語を勉強していますが
ガイドに必要なものって何ですか?」
別にガイドになりたいワケでも何でもないのに
とりあえずもっと話が聞きたいが為にこんな質問を
してみたのだが、答えはあっさり一言
「体力」
で終わる。
ガーン、これで終わりなんて悲しすぎる。
即興でもう1問考えて、講演内に出て来た
中国のことわざを教えてもらい、何とか終了。
長澤さんは、そんなしどろもどろな質問の
ニホンコンを見て、最後に一言。
「あなた、偉いですね。日本人は後ろから
座りたがる癖があるし、質問もしたがらない。
あなたは1人だけ最前列に座って一番に質問をしました。
なかなか勇気のいることです。」
いやー、これは嬉しい!
きっと彼女は私が最前列に座って、真っ先に
質問をしたというニホンコンの意気込みを
買ってくれたのだろうと思う。
それからは他の人も我も我もと手を挙げて、
面白い質問が続々と出る。
結果、時間オーバーの大盛況な
質問タイムとなりました。
めでたしめでたし。
いつかまた再会した時に
もう少し自分も成長し、まともな質問が
投げかけられるよう、日々精進していきたい
ところです。
「我が家の調味料棚」
2月14日 坂下日本/香港
追伸:Happy Valentine's Day!気持ちだけ。
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