第132回「押し掛けウルルン滞在記〜その3〜」


ニーハオ、ニホンコンです。


友人が「アメリカなら間違いなく撃たれる」と
言っていた、この押し掛け訪問記は、
意外にも友好的な展開となりました。

まず、家の興味深いこと深いこと。


「家の中庭」

コの字形にぐるりと囲まれた部屋の数々。
小さいながらもとても風情があって、
ああ、もしも可能であれば、
こんなところに住んでみたかったー。

(ニホンコン滞在時は、外国人は指定場所
以外に居住権はなかったので、やむなく寮生活)

中には恰幅のいいお母さんが居り、
突然訪れたヨソ者の私を快く迎え入れてくれ、
お茶などを出してくれたりする。


「家のリビング」

気を良くしたニホンコンは、あっさり
「お父さん、お母さん」と馴れ馴れしく
呼び、勝手に家族の一員に割り込む。

しかし、ここのお父さんはホントいい暮らし。
中国、特に北京の男性は、退職後の夢に
「小鳥と魚とコオロギを愛でる」
というのがある。

この上なく優雅な趣味として人気なのだが、
これを全てやり遂げられる人は滅多に居ない。

お父さんは全てを所有し、大切に育てており、
一匹ずつ丁寧に紹介してくれる。

なんでもこの2人は、公務員の仕事を
退職し、国から十分な退職金と年金を
貰って暮らしているそうな。中国で
言えば、だいぶ豊かな暮らしぶりだと思う。

昼時が近づくと「丁度お昼だから
よかったら一緒に食べて行きなさいよ!」
というお母さんの言葉を、待ってましたと
ばかりに小踊りし、ひとつ返事で受けるニホンコン。

「あまりもので悪いけどー」とは
言うものの、昼から5品も6品も出て来る。


「お昼ご飯」

ご飯は美味しかったのだが、さすがに中国滞在
3日目くらいで、まだ胃が慣れておらず、
食べてる先から胃がキリキリ痛んで来るという
悪夢に見舞われたのが、残念でならん。

「バンシャー(坂下)は中華で何が好き?」
と聞かれ、北京の家庭料理とくれば
「水餃子」以外ないだろう!
と喜び勇んで「餃子!!」と
言ったところ、

「お昼には作れなくてごめんなさいね、
それじゃあ夜餃子を作ってあげるわよ」

と、あっさりニホンコンの為に
夜ご飯も決めてくれた。そう!これなのですよ!
ああー、この旅はこの家族に会う為だったのかしら!
とひとり悦にふける。

それからというもの、中国と日本の
話だったり、中国の発展についてなど。

古き良き街並がどんどん無くなっている
ことが悲しいと言うと、確かに
このような作りの家はどんどん壊され、
皆、高層マンションに移り住んでいるという。

こうしてじかに話が聞ける、という点で、
ニホンコンの中国旅の楽しさは
何十倍にも膨れ上がる。

ひとしきり話してから
「それじゃ、ちょっと出掛けてきますんで、
お父さん、お母さん、夜ご飯には戻ります」と
もうすっかり家族のつもりになった気で
一時退散するニホンコン。

幸せな気持ちで町をブラブラしてから
夕方に家に戻ると、着々と餃子の用意が。


「皮作り中のお父さん」

皮はお父さんが作り、あんはお母さんの手作り。
ニホンコンも早速お手伝いせねば、と
慣れない餃子包みを一緒に行う。

中国では、正月に餃子を食べるのが習慣。
親戚家族が一同に集まって、お喋りをしながら
餃子を包むのが、楽しくて幸せな時間だという。



しかも、日本と違って餃子は主食。
もっと言うと「餃子のみを食べる」のである。

お父さん、お母さん、私の3人で
見るからに食べきれなそうな100個以上もある
餃子をテキパキと湯で上げていく。

そして、ワンコそばじゃないけど、
もうそれに近いくらいの「いくつ食べられるか競争」
が始まり、黙々と餃子のみを食べるのである。


「この2皿がニホンコン分、おかわり自由」

昼ご飯でもそうなのだが、中国では
客人が来た時には、あり余る程のご飯を出すのが
決まり。キレイに平らげてしまわれたら、
面目が立たない、という、中国人らしい見栄の張り方。

すっかり打ち解け、ご近所さんの家にも
遊びに行って「日本から娘が来たよー」
などと紹介されたりと、温かい1日は過ぎました。

旅の中で忘れられないのは、こういう
その土地の人と一緒に過ごす時間だったりするのです。
またいつかあの家にも「帰って来たよ!」と
再び押し掛けてみたいところです。


12月6日 坂下日本/香港


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