さんきち なぞ図書館

世界によってみられた夢


四国と本州の間くらい、
瀬戸内海に浮かぶ小さな島がある。

「直島」という名前のその島は、
ベネッセが丸ごと買い取った‘美術島’だ。

島には小学校も幼稚園もあり、
住民は魚の養殖などをして普通に暮らしているが、
その暮らしに、自然に入り込んでいるような形で、
アートが点在している。

島の南側の山の上には、
ベネッセハウスと呼ばれる大きな美術館があり、
そのてっぺんには宿泊施設もあって、
美術館の中に泊まることができる。

1年ほど前には隣の山の中腹に、
「地中美術館」という、
その名の通り、地中にできた美術館が完成した。

どちらも建築は安藤忠雄さん。

山のてっぺんだけではない。
町の中にもぽつんぽつんとアートが入り込んでいる。

もともとある古い民家を、
現代アートのアーティストが使い、
それぞれの世界を、それぞれの民家の中に表現している。

それは、「家プロジェクト」と呼ばれており、
人々は町の中をうろうろ散歩しながら、
それらの家々を観てまわる。


2002年だから、もう3年前だ!
9月の終わりに、少し遅い夏休みをとって、
この美術島に泊まりに行ったことがある。

香川の高松港からフェリーに乗って50分。
キラキラとまぶしい瀬戸内海の中、
点在するこんもりした緑の島々を抜けて、
あっという間に直島に辿り着いた。

なんだか不思議な体験だった。
光の溢れるのんびりムードの島の中を、ゆっくり歩きまわって、
美術館の芝生でたっぷり本を読んで、
静かなアートに触れて何かジーンとするものを感じて、
夜は海に夜光虫を見に行って。

今思い返しても、あの時だけ夢を見ていたかのような
不思議な雰囲気の旅だった。

その思い出の中でひときわ強く印象にのこったもの。
それは、内藤礼さんというアーティストとの出会いだった。

出会いといっても、普通に一方的に、
私が内藤礼さんという人を知ったということなのだけれど。

直島に行く2週間くらい前だろうか。
新聞のテレビ欄で「直島」という字を発見した。

NHKの『美と出会う』という番組。
「アーティスト内藤礼 直島の家プロジェクトを訪ねて」
といったような説明書きだったと思う。

「直島?今度行くところだ。録っとこう。」
と軽い気持ちで録画した。

30分間ののその番組を、
私はこれまで一体何回見返しただろうか。

そうだな初めてみたときは、
びっくりして連続で3回みた。

アーティストの内藤礼さんという女性が、
直島で手がけた「家プロジェクト」の『きんざ』という作品を
直しに行くという内容だった。
それを、NHKのアナウンサーが一緒に同行して
話をきいている。

その番組をなぜ3回も繰り返し見たか。
それは、内藤礼さんという人の佇まいが普通じゃなかったからだ。

地に足がついていないかのようなふわりとした歩き方。
考え深げなまなざし。
長い髪が揺れて、自分に問いかけているような静かな話し方。
まるでこの世の人じゃないみたいで、
透明な不思議な雰囲気が漂っていた。
全体から白いオーラが出ているみたいだった。

内藤礼さんは、『きんざ』を作るとき、
直島でお世話になった島の人ふたりに、
感謝の気持ちを込めて作品を贈っていた。

再び直島を訪れたこの機会に、
それを持ち寄ってもらって、重ねてみたい 
という礼さんの希望に、
島の人が集まった。

島の人のお家の中、
薄暗い仏壇の前の畳の上で、透けるように薄い紙を開くと、
そこに、丸いコースターのような紙が入っていた。

1ミリ程度の厚みの紙のふちには、
赤い色鉛筆で、うっすら色が塗ってあった。
それが微かに輝いて見える。

作品のタイトルは、「恩寵」。

この作品にはもう一枚紙が入っていて、
そこに言葉が添えられていた。



この どこからかもたらされた
わずかな空間を持ち続けることの
孤独と幸福に
私はおののいているのです


礼さんのものと、ふたりのものを重ねると、
赤いふちが際立って、深みがでた。

説明を求められると、内藤礼さんは、
どう話そうかと少し考えて話し出した。

「 この作品は、『恩寵』という...恵みというものですが、
『きんざ』の中にも、これと同じ大きさの石の作品があるんです。
 
 この大きさは、新生児の足をそろえて立ったときの、足の大きさで。
 それは、
 地上に生まれてくることは、
 地上に一人で着地するというような、
 そういうふうに、どうしてもどこかで思えるところがあって、
 それで、
 このたったこれだけの大きさを
 持ち続けることが、その努力が、
 この地上にいることであるって、思うことがあって。 」


その直島で買った、内藤礼さんの本。

ひそやかなこの本を開くと、
生きて、ただ感じることの、
不思議さ、ありがたさが、
胸に迫ってきます。

宝物のような一冊です。


『世界によってみられた夢』 
内藤礼著 ちくま文庫 840円








直島の情報は、こちらのサイトを見てみてください。

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