さんきち なぞ図書館

赤毛のアン




たとえば、

小さな、にぎりこぶしくらいの竜巻があったとして、
それを、冬の森にぽんと置いてみたら、


その竜巻から起こる風が、
周りの木々をだんだん巻き込み、


とうとうそれを中心にして、
森中の空気がごうごうと渦巻き、

からからだった木々から、いっせいに若葉が芽吹き、
ぐんぐん伸びてきらきら光り、
桜は咲くは、ひらひら散るはで、
そこいらじゅうが大変な騒ぎになる。


突然ですが、
今日ご紹介する本にはね、そんな印象があるのです。

毎日の生活を地道に続ける、


かたくなな大人たちの心を、

その小さな体で、ぐらぐらと揺さぶってくる

大きな大きなパワーの持ち主。



まさに、いまの時期みたいな、

春の渦巻くパワーを持った女の子の本です。






「赤毛のアン」 モンゴメリ著 村岡花子訳 新潮文庫 \540



多くの人は、「赤毛のアン」と見たとたん、

「子供向けの本でしょ?」って思うのではないかな。


そりゃ、そうだろな。

ハウス世界名作劇場だしね。


私も、子供の頃、「赤毛のアン」を読んだことがありました。
おもしろくておもしろくて、

自分がアンになったみたいに、

ハラハラしたり笑ったりしながら夢中で読んだ。

でも、大人になって再び読んでみたときには、

子供の頃の私には悪いけど、

あのときの何倍も面白かった。



あのとき見えていなかったものが、

この本にはあって、それに気付いたから。



これかあ、と思ったよ。



この本が、なぜこんなに有名になったのか。

なぜ、長い時代を経て、世代も超え、国も超え、

山のように多くの人々に愛されているのか。







大人になってから読んだとき、

いちいち身に沁みたのは、アンという子の、「特別さ」。



でもね、その、「特別さ」は、

アンの、わかりやすい、有名な、

あの変わり者ぶりとは、ちょっと違ったところ。



あ、そうだ。

アンは、ものすごい変わり者です。



「赤毛のアン」を、

ハウス世界名作劇場でもみたことがない人に、

誤解されがちかと思うのは、



「アンは、純真で素直なかわいらしい天使のような女の子で、

この子が来ると、心が洗われるよう・・・」



っていうようなイメージ。



アルプスの少女ハイジっだったら、

まさに、こんなイメージだろうけど・・・。



でも、まさか、まさか。

アンは、全然そんなんではない。

とんでもない子だもん。



彼女は、もっと人間くさくて、

いっぱい色んなものを抱えていて、生々しく、泥臭く、

あがきながらめちゃめちゃ生きている女の子。



孤児院から、保守的な小さな田舎町に引き取られてきたのだけれど、

周りの人々の度肝を抜く、破天荒ぶり。



癇癪を起こしたり、意地をはったり、

おおげさに悲観したり、泣いてわめいたり。

そして、喜ぶときもものすごい。全身でよろこぶ。

なにかにぶつかったら一生懸命悩みぬくし、

だからとにかく、もう大変。

この子がいるだけで、大騒ぎになってしまう。



でも、彼女の特別なところは、

この、やたら起伏の激しい性質ってところじゃなくて、



人に対して、「いつだって心を開いている」ってところ。





これが、この子のもっとも特別なところで、

これがあるからこそ、あれだけの力で

人を揺さぶることができるんだと思う。





アンは、ぐしゃぐしゃも、うれしいのも、全部、

こちらに向かって出してくる。



犬が、お腹見せて仰向けで、

ずりずり近づいてくるみたいな感じかなあ。



もちろん、ふつうの大人は最初警戒します。



なんなんだ、この子はって。

頭おかしいんじゃないかとか。

演技なんじゃないかとか。気味が悪いとか。



でもね、いつだってお腹見せて、目の前で、

やってくる全てのことに、

悩んだり怒ったり笑ったりして、

一生懸命大暴れしている子犬がいたら、

もうしょうがないなあって思っちゃう。

そして、なにもかもとっぱらった笑顔で、

こちらに向かって笑いかけてくるんだもん。





そのどうしようもなく裏表のない、透明な心持に、

人々は反応する。




そのうち、

「ああ、この子のことは、信じることができる。」

って、逆に自分が救われたような、

なにやら、ほっとした気持ちになってくるのです。




この心の作用がとても興味深い。



子供の頃読んだときは、

アンの気持ちばかりに沿っていたので

気づかなかったのですが、



この本、ちゃんと大人の目で、

静かな田舎の社会に、アンがぽんと登場してから、

困惑したり、拒否したりする、

かたくなな大人たちの心の変化が、

注意深く、丁寧に描かれていました。



アンは、ちょっと特別すぎるけど、

多かれ少なかれ、人が人を信頼するときって、

同じ作用が働くような気がします。




なんだかね、それが心に沁みるのです。




なぞ図書館司書 さんきち



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