さんきち なぞ図書館
富士日記
3月6日(土) 晴れときどき曇り 強風!
いつもの出勤時間より、
10分遅いくらいで新宿に到着。
ハ休みの日なのに、ちゃんと起きて、ちゃんと到着して、
よくやった!えらいぞ!
という気分で、高速バスに乗り込む。
ハほぼ満席なのに、わたしの隣は誰も来ない。
ラッキー。
ありがたく横になり、まるくなって眠ってしまう。
どれくらい眠っただろう。
ウォークマンの曲の切れ目に、
女の子同士の、高い楽しそうな笑い声が
ずっと聞えていたのだが、
それらの人々が一斉に降りる気配がして、目を覚ました。
カーテンをちょっと開けて外を覗くと、
そこは「富士急ハイランド」。
そうか、みんなわざわざこれに乗って、遊園地まで行くんだ。
バスの窓からみえた富士急ハイランドは、
台形の、大きなジェットコースターの骨組みのうしろに、
大きな大きな富士山。
ふう。なんてかっこいい遊園地だ。
と感心する。
あのジェットコースターに乗って、
ゆっくり止まった頂上で、
でっかい富士山をみるのも爽快だろうなあと、
ちらっと思うが、
富士山に感動してる暇も無く、
あっという間にすべり落ち、
ぐるんぐるん振りまわされてしまうんじゃなあ、
逆にストレスがたまるだろうなあと考え直す。
富士山は、もっとじっくりたっぷり、
見たいだけの時間をかけて見たいものだ。
なんたって、今日わたしは、そのために来たんだから。
富士山を、ずっと、見に来たくて来たくて、
しかたなかったんだからな。
・・・ということで、
こないだの風の強い土曜日、
富士山を見にいってきました。
新宿から高速バスで2時間くらい。
あっという間に、ばりばり方言の、あたたかい人たちのいる、
富士山のふもとの町「富士吉田」に到着です。
富士山を眺めるのに最適な向かいの山に、
長い長い階段を登ってゆき、ふりむいたらね、
富士山がどーんといたよ。
階段の一番上に腰掛けて、
じっくりたっぷり富士山をみました。
まぶしい陽をあびて、風にびゅうびゅう吹かれてね。
富士山もね、風にびゅうびゅう吹かれていました。
てっぺんを隠す笠のような雲が、
強い風に吹かれて、どんどん右から左へ飛ばされてゆくのに、
頭の上の笠はなくならない。
違う雲が通り過ぎながら、
ずっとおなじかたちの笠をつくっているんだ。
なんだか、心が清々したよ。
その、笠かぶった富士山や、
朝の富士山や、夜の富士山や、
春夏秋冬の富士山を、30年くらい前に見ながら生活していた人の日記。
それが、今日ご紹介する本、
「富士日記」です。
「富士日記」 武田百合子著 中公文庫 \933
この本は、武田泰淳という小説家の、奥さん、
百合子さんが書いた日記です。
だんなさんと百合子さんと娘さんの3人は、
東京と、富士山のふもとに建てた山小屋を、
いったりきたりして暮らしていて、
これは、その山小屋に置いてあった、山の日記帳。
山での暮らしが書いてあります。
日記帳を、そのまんま書き写しているので、
たまに、だんなさんの記述や、娘さんの記述もあったりします。
この本のこと、なんて説明したら、いいかなあ。
とても、不思議な、変な魅力を持った本だから。
七月六日(火) くもりのち時々晴
といったように、日付と天気からはじまり、
その日の献立、買い物、起こったこと。
そういうことが、まさに「淡々とつづられている日記」です。
だいたい、人の日記メモみたいの読んで、
おもしろいのかって、思うでしょ。
それが、おもしろいのです。
なんで、おもしろいのか。
たぶんそれは、百合子さんがおもしろいんだ。
おもしろいというかね、
とても独特な人。
自由で開けっぴろげで喧嘩っ早くてかわいらしい人。
この人の目に映った山での生活が、
この本には、ぱんっと落ちている。
大きな富士山のある生活。
そこで暮らす人々の独特の空気。
百合子さんの天衣無縫な性格。
たまに起こる劇的な出来事。
ちょっとなんともいえない魅力なんだよな。
「ここがおもしろい」とか言えないのだけど、
じわじわくるんです。
そして、なんだか手放せなくなる。
なんでだろうと思って、
またじっくり読んで、
もっと手放せなくなってしまうのだ。
おそるべし富士日記。