![]() |
ロマンスカーの誘惑 | ![]() |
![]() |
もうすっかり浮かれていた僕にロマンスカーの誘惑がゆっくりと、ゆっくりと近付いていたとは、その時は全く気付いていませんでした。 それは、お弁当を食べ終わって、気分よく外の風景を見ている時でした。心地よいリズムで響いている列車の音に溶け込むように、その声は甘く、滑らかに僕の耳の中に滑り込んできた。 「車内販売から皆様に御案内を申し上げます。ただいまワゴンサービスでは、お弁当、お飲物、ビール、おつまみ、お菓子、アイスクリーム、リンゴーシャーベット、オレンジシャーベットなどを御用意しております。ぜひ御利用くださいませ。」 その言葉は僕の心の中に、甘酸っぱい香りとともに響いた。リンゴシャーベット。もうすっかり、胸キュンでした。もうあなたしか見えない、そんな感じでした。そして、いつしか僕は風景を見ることも忘れ、ワゴンサービスの入ってっくる車両のドアを見つめ、ドアからワゴンがやってくるのをじっと待っていたのでした。リンゴシャーベット、リンゴシャーベットに心奪われてから10分位過ぎたころ、電車がちょうど登戸を過ぎた辺りだったと思う。ついに車両のドアが開き、その実に堂々としたワゴンをしたがえて、お姉さんがやってきたのだ。ついにその時が来た。僕の心には、まるでジダンがあげてくれたセンタリングのように、ゴールへの光がしっかりと見えていた。もうすぐ、もうすぐだ。僕の前に付くまでに何人かのお客の前を通り過ぎ、ゆっくりと、実にゆっくりとワゴンがやってきた。そして僕は言った。焦る気持ちを押さえて、ゆっくりと正確に 「リンゴシャーベット2個ください」 お姉さんは「はい、かしこまりました。少々お待ちください。」と僕に伝えると、ワゴンを置き去りにし、隣の車両へ向かっていった。どうやら冷たいものはどこか一ケ所にまとめているらしい。焦る気持ちをじらすとは、お姉さんもなかなかのやり手である。お姉さんがリンゴシャーベットを取りに行っている間に、僕は勝手に値段を予想してお金を準備することにした。届いたら少しでも早くその涼やかな、まるで三月の風のようなシャーベットを口にしたかったからである。「まあ2個で700円もあれば足りるだろう」僕は財布から小銭を集め、準備していた。が、、、、すべての悲劇はここから始まった。 自動ドアが開く音がした。ゆっくりとドアの方に顔をあげると、お姉さんがにこやかな顔で、何やら手にぶら下げながらやってきた。はじめはその手にぶら下げているものがなんだか判らなかった。一歩、また一歩、お姉さんが近付いてくるにしたがって、だんだん見えてきた。ぼんやりとしていたそのものがハッキリと見えた瞬間、僕は愕然とした。「あれは、、、、、、」そう思った瞬間、お姉さんがすっと僕の前に立ち、「リンゴシャーベットでございます。」と僕の目の前に、その手にぶら下げていたものを置いた。それは想像を遥かに超えるリンゴシャーベット、、、いや、リンゴそのものだった。あっけにとられている僕に追い討ちをかけるようにお姉さんはにこやかな顔で言った。 「2個で1000円になります」 高っけー!!!!!! なんだかよくわからなくなった僕は、握りしめていた小銭をあわててしまい、1000円札を1枚渡した。 「ありがとうございます」そういってお姉さんはワゴンを押して行ってしまった。僕はまだ状況が飲み込めなかった。だってこれリンゴだもの、確かに中はシャーベットかも知れないけれど、これリンゴだもの。しかも1個500円。いくらなんでも高いよ、、、、、でもリンゴ丸ごと使ってるからなあ、、、安いのかな、、、、とすっかり錯乱状態。もう旅行気分どころではありません。一体なんなんだーと思っていた矢先に、またお姉さんがやってきた。にこやかな顔で、 「オレンジシャーベットはいかがですかー」 お姉さんが持つそのお盆の上には、もちろんオレンジが沢山積んであったのは、言うまでもない。 次回 伊豆の謎美術館 yasuhiro chida |
![]() |
Mar.11.2003 |